腸内細菌の役割とは――健康の要、「腸」から紐解くウェルビーイング[後編]
2024.11.05
昨今、「腸活」がメディアで多数取り上げられ、“腸”への注目が高まっていますが、腸は食べ物を消化吸収するだけでなく、免疫機能の要所でもあることをご存じでしたか? さらに生活習慣病や認知症、うつ病といった疾患との関連性も近年の研究で示されつつあります。
腸と腸内細菌、および免疫研究の第一人者である國澤純氏を迎え、最新の研究動向に基づく腸内細菌の基礎的なことから、私たちをウェルビーイングに導く「腸内環境」を整える生活習慣について教えていただきました。後編では、腸の免疫機能とウェルビーイングとの関連性について解説していただきます。
前編はこちら
「免疫力を高めましょう」は本当に正しい?
免疫器官として、腸はどのような働きをするのでしょうか?
腸の主な働きは、蠕動運動をしながら食べ物の消化や吸収、排泄をしていくことですが、体内の免疫細胞の約60-80%が腸に存在しており*8、免疫器官としても非常に大切な役割を担っています。
腸は、主に飲食を介して絶えず異物にさらされているため強固なバリア機構を形成し、腸に集中する免疫細胞は、有害なものが侵入してきていないかパトロールしています。そして、ウイルスや病原細菌などの有害な異物が体に侵入した際、免疫細胞はいち早く反応してそれらを排除します。では、なぜ免疫細胞は腸に存在する食べものや腸内細菌に反応しないのでしょうか?
食べ物や腸内細菌などは異物であっても、吸収もしくは共存しなければいけない有益なものです。免疫システムは、これらの有益なものと有害なものを区別する必要があります。この区別を可能としているのが「免疫寛容」というメカニズムです*9。
腸は、この免疫寛容において特に重要な役割を果たしています。腸の免疫システムは、有益なものは攻撃しないどころか許容・利活用する一方で、有害なウイルスや病原細菌といった有害な異物のみを攻撃するという高度な選別機能を持っています。
さらに、腸は免疫細胞を訓練する免疫器官としての役割も担っています。ここで訓練された免疫細胞は、全身の免疫システムに影響を与え、体全体の健康維持に貢献します。
免疫力に関して、多くの人が誤解しがちなことはありますか?
誤解を与えるのではないかと気になっているのは「免疫力を高めましょう」というフレーズです。私は「免疫力を整えましょう」という言葉が正しいと考えています。免疫力の低下が良くないのはもちろんですが、高すぎるのも問題があるからです。例えば、腸の状態が悪くなると、腸の壁の役目を果たしている上皮細胞が弱って隙間ができ、そこから本来入るはずのない物が腸壁を超えて体内へ侵入してしまうことがあります。免疫細胞は、これに対応し続ける必要があり、免疫力が異常に高まることで炎症が起こり、ひいてはさまざまな症状や病気につながります。生活習慣病の観点でいうと、例えば、糖尿病において免疫力が暴走することで血糖値を下げるインスリンが効かなくなることがわかってきており、近年は「免疫病」ともいわれています。
このように、免疫力はやみくもに高めれば良いのではなく、適切に働くよう整った状態が理想です。先述した短鎖脂肪酸は免疫の高まり過ぎを抑える働きもあるため、免疫機能の観点からも意識していただければと思います。
腸内細菌は未来のウェルネスに向かう羅針盤
國澤先生は「脳腸相関」をはじめ、さまざまなご研究をされていますが、最新のご研究や展望について教えてください。
冒頭で「痩せ菌」の話をしましたが、日本人の「痩せ菌」として注目しているのが「ブラウティア菌」です。私たちの研究では、このブラウティア菌が腸内フローラの1%以上を占める日本人は9割にも及びます。しかし、実際は6%を超えないと糖尿病の改善効果は見られません*10。
自分の腸内フローラにどれくらいこの菌がいるのか、気になりますよね?現状こうした検査は、コストや手間の面においても気軽に行えるものではありません。そこで私たちは、「ワンコイン、1時間」で測定できるシステムの構築を目指しています。例えば、ショッピングモールの検査ブースで自身のサンプルを提出するだけで、買い物中に検査が行われ、結果はスマートフォンで受け取れると同時に、自分の腸内環境に合った食事提案も受けられる、そういった仕組みが実現すれば、病気予防の観点も含め多くの方に利用していただけるのではないかと考えています。このように、私たちは個人に最適化された生活習慣のサポートのベースとして、「腸内細菌の見える化」を掲げています。この研究は内閣府からの支援も受けており、社会実装が遠くない未来に実現できるのではないかと期待しています。
腸内フローラをより良く保つことは、私たちのウェルネスにどのような価値をもたらすとお考えでしょうか?
私は、腸内細菌は自分の少し先の未来を示す羅針盤のようなものだと思っています。腸内細菌の乱れはさまざまな病気のリスクを示してくれるだけでなく、それを把握した上で腸内環境を整えることで、将来の健康やウェルビーイングの実現に大きく寄与するからです。
また、腸内細菌を調べるほどに、人間社会と驚くほど似ていると感じるようになりました。腸内細菌において多様性が重要であるように、人間社会でも多様性は豊かさと発展の基盤です。腸内細菌を整えようとする意識や行動が、結果として人間社会のコミュニティをより良くし、社会全体の幸福にもつながるのではないかと思います。そして、継続が重要である点も社会生活と共通しています。腸内環境を整えるための生活習慣を無理なく続けることが、生涯にわたるウェルビーイングに寄与すると考えています。
*1 J Clin Lab Anal. 2022 May;36(5):e24420.
*2 Gut Liver. 2019 Jan 15;13(1):16-24
*3 Gastroenterology. 2011 Aug;141(2):599-609, 609.e1-3
*4 Front Cell Infect Microbiol. 2021 Oct 19:11:759435
*5 Nat Med.2019 Jul;25(7):1104-1109.
*6 Nat Microbiol. 2018 Jan;3(1):8-16.
*7 Gut Microbes. 2016 May 3;7(3):189-200.
*8 Front Pharmacol. 2023 Jun 9:14:1208044.
*9 Br J Nutr. 2013 Jan:109 Suppl 2:S3-11.
*10 Nat Commun. 2022 Aug 18;13(1):4477.