「ウェルネスフード」が実現するウェルビーイングとは

2024.11.28

ウェルネスという言葉が広がりつつある今、日々の食事を通じて健康になりたいという消費者ニーズが高まっています。みなさんの中にも健康的な食事を意識したり、サプリメントを取り入れたり、食を通じた健康を意識している方も多いと思います。今回は、ウェルネスフードのトレンドと消費者の行動を分析した『ウェルネストレンド白書(ウェルネス総合研究所発刊)』監修のほか、健康食品に関するコンサルティングを長年手掛けられている武田猛氏に、健康食品の変遷、ウェルネスフードの考え方と市場動向などについて伺いました。

武田 猛 氏

グローバルニュートリショングループ代表取締役社長
食品コンサルタント

マーケティングやOEMといった実務経験18年、その後20年間コンサルタントとして国内外合わせて750以上のプロジェクトに従事し、計38年健康食品業界に携わる。2004年、世界各地にネットワークを築き上げ、健康食品ビジネスに特化した会員制サービス「グローバルニュートリション研究会」を設立し、食品・化粧品・製薬会社の健康食品部門に対して、商品開発、マーケティング、海外進出などのコンサルティングを手掛けている。

※ OEM(Original Equipment Manufacturing):他社名義やブランドの製品を製造すること。

「健康食品」から「ウェルネスフード」へ

1993年、大塚製薬が「ネイチャーメイド」というアメリカのサプリメントブランドを国内展開したことも相まってサプリメントの認知が一気に広まりました。また、同年にファンケルが低価格でサプリメントの販売を開始し、ドラックストアや通販などで消費者が気軽にサプリメントを買えるようになりました。

健康食品業界の風向きが変わったという点で、最も印象に残っているのは2015年に「機能性表示食品制度」が施行されたことです。それまで日本では、特定保健用食品を除いて食品の有効性や機能性に関する表示ができませんでしたが、この制度によって、企業の責任の下、有効性と安全性について調査し、その調査結果を届け出ることで有効性を表示できるようになりました。これは健康食品業界の歴史の中で、日本が世界に打って出るための転換期になったのではないかと思います。

少し前置きが長くなりますが、2015年に国連サミットで策定されたSDGs目標の3つ目が「GOOD HEALTH AND WELL-BEING(すべての人に健康と福祉を)」とされ、この頃から「ウェルビーイング」という言葉が一般的になっていきました。

食事は単に栄養を摂取するものではなく、美味しいものを食べて幸せを感じたり、一緒に食事をしてコミュニケーションが活性化したり、人間の心をより豊かにし、人と人を結びつける社会的な機能を持つ側面があります。

そして、サプリメントは、「ビタミンCの抗酸化作用」など機能面が注目されがちですが、あくまでも手段の一つです。サプリメントなどの健康食品が本来目指しているのは、ビタミンCの例でいうならば、肌を健康に保ち自信を持つことで心身と社会的な豊かさや生活の質の向上といった「ウェルネス」の実現です。

こうした「健康食品は豊かな人生を実現するための手段」という考えのもと、2020年頃から、より精神的・肉体的・社会的に満たされたウェルビーイングを目指す人々を支える食品として、健康食品が「ウェルネスフード」と呼ばれる場面が増えていきました。

出典:㈱インテグレート藤田康人氏講演資料より

「キートレンド」からヒントを見つける

トレンドの調査は、年に1度、世界5カ国の業界経験者とサイエンスの両方の知識を持つ専門家が、定量的な消費者調査と企業のケーススタディを分析します。それらの傾向を「消費者ニーズ」「販売トレンド」「栄養科学」「原料技術」「規制」「マーケティング戦略」「競合環境」の7つのセグメントに分け、それぞれに0〜5点の点数をつけ、点数の高い順でその年のキートレンドを決めています。

その上で、食品・健康関連ビジネスのトレンドをグローバルな観点から分析し、「長期的かつ成長が期待されるトレンド」として、設定しているのが10のキートレンドです。そして、そのキートレンドよりもさらに重要なトレンドとして「メガトレンド」を5つ選定しています。このメガトレンドは、ここを捉えずしてビジネスの成功はないといっても過言ではないほど、重要なキーワードと考えています。

例えば、メガトレンドに毎年ランクインしている「ウェイトウェルネス」というキーワードがあります。これは「減量」を意味する言葉ですが、聞きなれない方も多いと思います。単に体重を減らすのではなく、健康を重視し「適正な体重にする、維持する」という本質的な意味が込められています。こうした言葉の使われ方の変化にも、健康志向の高まりが感じられます。

また、2024年のメガトレンドの4つ目に「スナック化は戦略の基軸」がありますが、ここでいうスナックとは「携帯しやすく、食べきりサイズの個包装のもの」という意味です。そして、スナック化の成功事例の一つはヤクルトです。日本でヤクルトは「少量飲み切りサイズ」が当たり前ですが、ヨーロッパに展開した当時、ヨーグルト飲料のサイズは大容量が一般的だったので、飲み切りサイズはビジネス上、成功しないと思われていました。しかし、実際に販売したところ「少量飲み切りサイズ」はプレミアム感があり、徐々に浸透していきました。飲み切りサイズの65ml〜100mlで量は少なくても、身体に何かしら良い影響を消費者自身が感じられるものであれば、単価が高くなり、ビジネスとして成り立ちます。今は、消費者の嗜好が多種多様で、昔のように大ヒット商品を作り出すことは難易度が高く、どのような商品もニッチな世界で勝つ必要があります。つまり、低ボリューム・高単価は、成功のカギの一つです。

また、ビーフジャーキーは大袋よりも個包装の食べきりサイズのほうが主流ですし、その場で食べられるゆで卵やサラダチキンなどもヒット商品となっています。こうしたスナック化にはビジネスの成功のヒントが大いに詰まっていると思います。

一方で、2023年、2024年のキー10トレンドにも入っている「植物を便利に」というワードに関しては、植物由来の代替肉を使用しているインポッシブルバーガーは、一時期、非常に注目されましたが、残念ながら成功しているとはいえません。私はこの傾向から、消費者は「肉もどき」を食べたいのではなく、プラントベースフードを取り入れるなら野菜や果物そのものを積極的に摂取したいという意識が強かったと分析しています。このように、キーワードから成功事例・失敗事例を読み解くことで、商品開発の検討などに活用いただけるのではないかと思います。

大いに関係しています。これまでを振り返ると1990年代に「特定保健用食品(トクホ)」が誕生しました。メタボ健診が始まった2008年以降は、『ヘルシア緑茶』などトクホ飲料の認知はさらに広がっていきましたよね。

また、2000年代に入ると健康情報番組がヒットし、納豆やバナナが番組で取り上げられると、翌日スーパーから、それら食品が売れすぎて店頭から消えることもよくあったと思います。
2009年頃に、コラーゲンや目の健康に良いとされるブルーベリーなどのサプリメント(サプリ)も人気のピークを迎えていた印象です。

その後、行き過ぎた広告が問題視され、広告規制が強化された結果、2010年代半ばからサプリ販売の勢いが沈静化していきました。その中で、市場を拡大していったのがエナジードリンクやアーモンドミルクなどの新たなカテゴリの商品となります。

また、健康意識の高まりなどから、腸内環境の改善が期待されるチアシードや、睡眠の質向上や美容に働きかけてくれるR-1といった商品の人気が拡大していきました。2020年代は、コロナ禍で在宅時間が増えたことで、在宅でも美味しく健康的な食事を楽しみたいというニーズが高まり、ナッシュやグリーンスプーンなど健康志向の冷凍食品が注目を集めるようになりました。

出典:グローバルニュートリショングループ分析

どの時代にも共通して言えるのは、口コミや体験談がブームの火付け役となっていることです。現代ではこれがSNSを通じたインフルエンサーの発信にあたります。日本の食品が海外で流行したり、その逆の事象が起こるのも、SNSを通じて個人が気軽に情報発信ができることが大きく影響していると思います。

正しい情報を選択し、自分らしいウェルネスを実現するために

市場調査の際、企業はマーケットの伸び率などに目が行きがちです。もちろんそれも重要ですが、一番大切なのは消費者の性別や年齢などの属性だけでなく、行動パターンを理解することです。消費者には多種多様な行動様式があり、万人にリーチすることはどうしても難しいと考えます。つまり、ターゲットを絞る必要があるということです。そこで役立つのが消費者の7つの分類です。『ウェルネストレンド白書』は消費者を健康への感度別に7つに分類しています。自社製品はどのセグメントの消費者にリーチしやすいのか、そのセグメントの消費者にリーチさせるにはどうしたら良いのか、ということを検討してもらえれば良いのではないかと思います。

また、製品の売り上げを継続させるためには、正確な情報を発信し続ける「消費者啓発」が欠かせないと考えます。ヒットを狙って広告などで誇大表現をするのは、もちろんNGです。例えば、血糖値を下げるお茶を一日だけ飲んだだけでは糖尿病を予防することはできません。企業はこうした健康食品の効果を消費者に正しく伝える責任があります。

顧客満足の基本は「事前期待と事後評価」の一致です。この2つの間にマイナスのギャップが生じると消費者は不信感やネガティブな感情を持ちます。現代では、そういったネガティブな情報は瞬時に拡散されてしまうため、特に注意が必要です。効果に関して誤認を招くような表現は絶対に避けるべきです。

海外では幼いときから情報リテラシーについて勉強する機会がありますが、日本は残念ながらそのような機会が少なく「情報を疑う力」が弱いと思っています。情報に接し判断する際に、決して鵜呑みにせず、誰の発言か、エビデンスはあるか、反対意見はあるかなどを、ぜひ確認して頂きたいです。試してみたい成分があるなら、「○○(成分名)、効かない」など、検索すれば、すぐに情報が手に入ります。健康食品に関しては、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所の「健康食品有効性安全性データベース」もあります。そういったデータベースを参考にするのも良いと思います。

食品の事業会社が考慮すべきことは2点あります。1つはプロテインクライシス、つまりタンパク質の供給不足です。2020年時点で世界人口は約78億人で、国連の人口予測では、2030年には85億人、2050年には97億人に達すると推計されており、人口は急速に増えていきます。それに伴い、タンパク質の供給量が需要を下回る現象が発生すると言われています。今、代替タンパク質を開発している食品メーカーは、この事業を需要が少ない期間どう継続するのか、会社の製品ラインナップ含め検討することが重要になると考えています。

考慮すべきもう1つは、消費者が求める食品のニーズが多様化していることです。繰り返しになりますが、いわゆるミリオンセラーが生まれにくい状況は今後も変わらないと思われます。こうした事業環境では、やはり低ボリュームでも高い価値を提供し、リピート購入を狙う戦略がますます重要になると考えます。

これから、日本だけでなく世界で高齢化が進んでいきます。医療の進歩によって、ウェルビーイングな生活を望むアクティブな高齢者が増えていく時代が到来するでしょう。高齢社会で生まれる新たなニーズにどのように応えていくかが、世界共通の課題と言えるでしょう。

今、注目されているのは伝統食品で、私は特に長寿地域として知られる沖縄の郷土料理に着目しています。また、京都の京丹後市は昔からいろんな食材を食べる習慣があったことから腸が元気な方が多く、長寿な方が多いという結果も耳にしました。そういった情報にも新しい発見が潜んでいるかもしれません。

サステナブルな世界を創るというマインドセットも、ウェルビーイングには欠かせない要素です。廃棄されていたものを加工して新たな製品に価値を持たせる「アップサイクル」商品にも注目しています。廃棄部分に実は抗酸化成分や食物繊維などの有用な成分が含まれていることが各国で発見されており、フードロスの削減だけでなく栄養価の観点からも注目を集めています。

ウェルネスフードは、このような時代背景とともに進化を続けています。次回、健康のために食品を選ぶ際には、目の前に並ぶさまざまな商品を見ながら、今のトレンドや消費者のニーズ、そして作り手の想いや戦略に考えを巡らせてみてください。新たな発見が得られるかもしれませんよ。