オフィス空間から紐解く「働きがい」(ワーク・エンゲージメント)とは?[後編]

2024.11.18

少子化による労働人口の減少やグローバル競争の激化に伴い、企業間での人材獲得競争が激しさを増しています。こうした状況下で、人的資本経営や健康経営の取り組みは、従業員のパフォーマンス向上や企業の競争力を維持するために、その重要性が一段と高まっています。一方で、人的資本投資の重要性は理解しつつも、具体的な取り組みやそれを経営戦略にどう関連づけるかに難しさを感じている企業の経営層の方も多いのではないでしょうか?

今回は、従業員のワーク・エンゲージメントとオフィス空間の関係性について研究し、実際にソリューション開発にも携わってこられた株式会社イトーキの八木佳子氏に、個人や職場全体の「働きがい」を高めるヒントについて解説いただいた後半をお届けします。

前編はこちら

組織の課題によって、求められるオフィスは三者三様

以前は、社員が100人いたら100個の机を置き、会議室と給湯室を備えて……という紋切り型の「オフィス」設計が一般的でした。しかし、最近では、コミュニケーションを促すエリアや体を動かして心身をリフレッシュできるスペース、さらには植栽を取り入れるなど、いわゆる執務や会議以外の用途に対応した空間を取り入れたオフィスづくりが主流になりつつあります。
以前は、総務部門の業務の一環としてオフィスに関する相談を受けることが多かったのですが、最近は経営者など経営層に近い方々が、当社のオフィスを見学に訪れるケースが増えています。これは、オフィスの設計が経営そのものに直結するという考え方が徐々に浸透してきていることの現れだと思われます。

「とにかく従業員のエンゲージメントが高まるオフィスを設計してほしい」といった、ざっくりした依頼を受けることもありますが、オフィス設計も経営と同様成功のきまった形があるわけではなく、一筋縄にいきません。オフィスに取り入れるべき要素は、企業ごとの経営課題によって大きく異なるからです。そして、目的に沿って設計した各スペースや施策が実際にどれだけ有効に機能し、期待通りの効果を生んでいるかを継続的に検証する必要があります。当社ではオフィスデータ分析サービス「Data Trekking」により、単なる利用率だけでなく、社員のワーク・エンゲージメントや離職率といった具体的な数値も検証しながら、お客様の取り組みを支援しています。

コロナ禍では、オンラインで仕事ができる環境の整備が急務となりました。そして、コロナ禍が落ち着いた後に新たに生まれた課題は「いかに社員にオフィスに戻ってもらうか」という点ではないかと思います。

この課題に対する施策は2つあります。1つ目は、社員がオフィスに来たくなる理由をつくることです。当社では別拠点にあったショールームをオフィス内に設置し、出社すれば最新の製品情報をいつでも確認できる環境を整えました。一方、製品トレンドが直接業務に関係しないバックオフィスで働く社員に対しては、2つ目の施策として、居心地の良いオフィス空間の提供に注力しています。居心地がよく、かつ自宅よりも仕事がはかどると実感できれば、自然とオフィスへ足が向くでしょう。こういった工夫によって、当社では本社オフィスの出社率(滞在率)は現在70%まで回復しています。

対面のコミュニケーションには、どれだけ技術が発達してもオンラインでは代替できない価値があると感じています。対面でのコミュニケーションでは、相手の細かな表情や反応を5感で感じとれるだけでなく、その場で手書きの図を描いたり、資料を直接指し示しながらの議論を進めることが簡単にできます。こうした即時のやり取りができることで、話し合いや相互理解がスムーズに進み、結果としてコストパフォーマンスも高いといえます。

また、オフィスは企業の状態や姿勢を視覚的に示す場でもあります。皆さんも、他社のオフィスを訪問した際に、その会社の現状や、組織の風通しの良さ、目指す方向が一貫しているのかを感じ取れることがあるのではないでしょうか?経営者の視点からは、オフィス空間を経営戦略に沿って設計することで、従業員に対して明確なメッセージを伝え、人的資本経営の推進に貢献できる力を発揮できると考えています。

個人、そして組織全体の「働きがい」を高めるためには?

社員の意識やコンディションを改善するためには、良い変化を生み出すための行動変容が必要です。まず課題を洗い出し、改善に向けてどのような行動を促すべきかを考えてみましょう。例えば、社員が腰痛や肩こりに悩んでいるのなら、小規模でも体を動かせるスペースを導入してみるなど、着手できるものから取り組んでいくことをお勧めします。健康経営を推進する部署の方から「健康セミナーを開催しても、関心が高い限られた人しか来てくれない」という悩みをよく耳にしますが、オフィス環境そのものに「自然に体が動く仕組み」を持たせることで、個人の意識やリテラシーに関係なく行動を促すことができます。

一定程度、環境の整備が完了し、更なるステップアップを目指す段階では、認証の取得を目標にすることも一つの方法です。外部からの評価は、社員にとって自分たちのオフィスや会社への誇りや愛着につながります。健康経営優良法人認定制度に加え、国内の認証ではCASBEEウェルネスオフィス評価認証※もお勧めです。

私たち個人としては、自分がどのような時に、どういった場所で働くと生産性が上がり、達成感を得られたかを把握し、その知見に基づいて能動的に行動することが大切です。自分で工夫できることは積極的に取り組みつつ、組織単位で改善が必要だと感じた点に関しては建設的に周囲に働きかけ、また他者からの提案も前向きに受け入れることで、組織全体に良い循環が生まれるでしょう。

※ CASBEEウェルネスオフィス評価認証:一般財団法人 住宅・建築SDGs推進センターが策定した認証制度で、建物利用者の健康性、快適性の維持を支援する建物の仕様、性能、取組みを評価する。