加藤容崇先生に聞く、ビジネスパーソンのためのサウナ活用法[前編]
2025.01.15

日本では過去に度々サウナブームが起こり、2021年には「ととのう」が流行語大賞にノミネートされるなど注目を集めています。一方、この「ととのう」とは、一体どのような状態なのか疑問に思われる方も多いのではないでしょうか?
今回は、サウナを科学的に研究し、情報を発信されている加藤容崇先生に、サウナの歴史から「ととのう」感覚のメカニズム、さらに現代のビジネスパーソンに有益な効果について、最新の研究結果に基づいて解説していただきました。

加藤 容崇 氏
日本サウナ学会 代表理事
慶應義塾大学医学部腫瘍センターゲノム医療ユニット特任助教
北海道大学医学部卒業後、同大学院で博士号を取得。北海道大学医学部、特任助教として勤務した後、渡米し、ハーバード大学医学部付属病院腫瘍センターにて膵臓癌の研究に従事。帰国後、慶応義塾大学医学部腫瘍センター、北斗病院腫瘍医学研究所に勤務し、現職に至る。専門はがんゲノム医療(がん遺伝子検査)とがんの早期発見技術開発。人間が健康で幸せに生きるためには、健康習慣による「予防」が最高の手段だと気づき、サウナをはじめとする世界中の健康習慣を最新の科学で解析することを第二の専門とし、サウナを科学し発信する「日本サウナ学会」を設立。著書に『医者が教えるサウナの教科書』『サウナ大全』(ダイヤモンド社)がある。
サウナは抑圧された社会の救世主?

サウナの発祥と歴史的背景について教えてください。
「サウナ」という言葉はフィンランド語に由来し、発祥の地はフィンランドとされています。ただし、似たような蒸し風呂の文化は、世界各地で古くから存在していました。衛生状態が十分に整っていなかった時代、高温で雑菌が増殖しにくいサウナや蒸し風呂は、公衆衛生の観点から重要な役割を果たしていました。フィンランドでは数世代前までサウナ小屋でお産が行われていたともいわれています。
日本における蒸し風呂の歴史は奈良時代まで遡ります。当時、全国各地のお寺には蒸し風呂があったとされ、身を清める場であると同時に、檀家や近隣の人々が集まり交流を深める「サロン」のような役割も果たしていました。また、炭を焼いた後の炭焼き小屋に入り、余熱を利用して暖をとる習慣は、土着の習慣として自然と全国各地に根付いていたのではないかと考えられています。
現在、日本は第3次サウナブームにあるといわれていますが、サウナはどのように広がっていったのでしょうか?
現代のサウナは、上述の日本古来の蒸し風呂文化とは異なり、フィンランド式サウナが主流です。そのサウナの日本における歴史は、1964年の東京オリンピックにまで遡ります。当時、陸上競技で圧倒的な強さを誇ったフィンランド人選手がサウナを日本に紹介し、その身体能力の秘訣として注目を集めました。これを契機に、第1次サウナブームが起こりました。
第2次サウナブームは、いわゆる「スパ銭(スーパー銭湯)ブーム」と重なります。戦後の銭湯は、公衆衛生の改善を目的に価格統制法の下、安価に利用できる施設として普及しましたが、1990年代には衛生面の問題がほぼ解消されました。この頃、銭湯にはエンターテインメントやリラクゼーションの要素が付加価値として取り入れられ、再びサウナが注目を集めるようになります。また、この時期にバブル経済の崩壊も起こり、自分の努力だけではどうにもならない外的要因による不安が蔓延する社会情勢の中、心身をリフレッシュし、リラックスできる場としてサウナは、ビジネスパーソンをはじめとする一般市民の間に浸透していきました。
現在、日本を席巻している第3次サウナブームは、コロナ禍による社会的不安が広がる中で、個々で楽しめるエンターテイメントが求められたことがきっかけとなりました。また、タナカカツキ氏が自身のサウナ体験を描いた漫画「サ道」のようなサブカル的な発信がブームを後押ししました。そして、今回のサウナブームには「サウナ→水風呂→休憩」という様式の確立が大きく影響していると思います。これまで世界的に「サウナの入り方」に明確な様式はありませんでしたが、このスタイルが確立したことで、共通の感覚が得られやすくなり、ブームを生んだと言えるでしょう。
そして、近年のサウナブームに最も影響を与えている要因として挙げられるのは、エビデンスの確立です。昔からサウナや蒸し風呂は健康に良いとされてきましたが、エビデンスレベルの高い報告は長らく示されていませんでした。これは、健康効果を科学的に証明するには長期にわたる大規模な調査研究が必要であり、その実施には高いハードルがあるからです。しかし、比較的近年になって、フィンランドの研究で高いエビデンスレベルの研究が報告されました。フィンランドでは1960年代から国民の健康状態、疾患リスク、生活習慣などを詳細に記録する長期的な調査が始められていました。この研究は約50年にわたり、2013年まで継続され、膨大なデータが蓄積されました。その結果、サウナの習慣が疾患リスクの低下に寄与することが科学的に証明され、2017年に初めてその健康効果がエビデンスとして報告されました。
リラックスしながら覚醒している…不思議な「ととのう」状態

「ととのう」状態にあるとき、脳内では何が起こっているのでしょうか?
リラックスしながら覚醒度が高まる、「リラックス」と「興奮」が共存するこの脳科学的にも奇妙な状態は、「サウナ→水風呂→休憩」という一連の流れによって生まれます。普通はリラックスすると眠くなり覚醒度は下がるのですが、サウナ→水風呂という極端な温度変化を経た後に休憩をすることで初めて体験できる独特の感覚であることがわかっています。
人間の体には、自律神経という無意識に体の状態を調整する仕組みがあります。自律神経には、体を活動的にする交感神経と、リラックスを促す副交感神経の2つから成り立ち、この2つがバランスを取りながら生命活動を支えています。サウナの一連の流れは、この自律神経の動きを大きく刺激します。
体は過酷な環境にさらされると、交感神経が活性化して生存に必要なパフォーマンスを最大限発揮できる状態を作ります。心拍数の増加や血管収縮などの反応が起こり、緊急時に重要度の低い機能は一時的に抑制されます。やがて過酷な状況が解消されると、交感神経の興奮が収まり、副交感神経が優位になることで体はリラックス状態に切り替わります。この切り替えによって緊急対応モードだった体が元の状態にリセットされます。
サウナと水風呂、どちらの状態も長時間続くと命に関わる過酷な環境です。しかし、短時間で適度な負荷を体に与えた後に休憩を取ることで、交感神経優位な状態から、一瞬で強制的に副交感神経優位に切り替わります。このとき、ストレス状態から解放された体はリラックス状態にある一方で、交感神経が優位だった際に分泌された興奮物質は血中にまだ残っています。この興奮物質が半分になるまでおよそ2分かかります。その間、興奮物質の影響がありながら副交感神経が優位になるため、リラックスと興奮が同時に得られ、独特の状態が生まれます。これこそが「ととのう」感覚の正体です。
現代社会では、多くの人がストレス過多により交感神経が常に優位な状態となり、その結果、自律神経のバランスが崩れて体の修復機能が十分に働かなくなっていると言われています。意識的にリラックスするのは難しいかもしれませんが、サウナでは「サウナ→水風呂→休憩」の2〜3セットを行うだけで自律神経を効率的に整えることができます。
サウナ以外で、同じような「ととのう」感覚を得られる体験はあるのでしょうか?
実は、エンターテイメントにも似た要素はよく見られます。例えば、ジェットコースターもその一つです。ジェットコースターでは、スリリングな体験から解放されて地上を踏みしめ、ほっとする瞬間があり、ホラー映画やお笑いでも、緊張状態から一気に解放されて、リラックスや笑いに転じるなど「ととのう」状態と共通要素があるのではないかと感じています。
私が代表を務める100plusという予防医療を推進する企業では、サウナの「ととのう」状態を数値化できる「サウナウォッチ」というデバイスをリリースしています。これを利用して、サウナ以外でも「ととのう」状態を追求するマニアな方々がいらっしゃるのですが、意外にも「ととのう」に近い感覚が得られていたのが二郎系ラーメンでした。ボリューミーなラーメンを完食した後に感じる達成感と満足感、食べきれるのかというプレッシャーからの解放感などが複雑に入り混じりながら、ほっとする瞬間のように、意外と日常生活の中にも近しい感覚が隠れているのだなと気づきを得ています。
後編では、ビジネスパーソンにおすすめしたいサウナのメリットや、日常にサウナを取り入れる上でのアドバイスについて紹介します。後編はこちらをご覧ください。