脇嘉代先生に学ぶデジタルセラピューティクス(DTx)が実現するウェルビーイングな社会

2023.10.20

昨今、医療界におけるデジタルトランスフォーメーションの中でも、医学的なエビデンスの下、患者さんの治療や疾病管理、重症化予防を助けるデジタルセラピューティクス(DTx)は、新たな行動療法のアプローチの創出や医療費増加といった社会課題を解決するものとして期待されています。
今回は、治療用アプリの開発によって糖尿病治療の限界を超えようと研究を重ねる、東京大学大学院医学系研究科の脇嘉代先生にデジタル化がもたらす医療の変化、DTxの進化がもたらす新たな価値についてお話を伺いました。

脇 嘉代 准教授

東京大学医学系研究科 准教授

1997年、横浜市立大学医学部を卒業後、東京大学大学院 医学系研究科 内科学専攻 博士課程修了。ジョンスホプキンス大学ブルームバーグ公衆衛生大学院に留学後、米テラサキファウンデーション・ラボラトリー、東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科、東京大学大学院医学系研究科 健康空間情報学講座 特任助教、同特任准教授を経て、2019年より現職。

デジタルセラピューティクス(DTx)とは?

DTxは、基本的にアプリを使って行う治療となります。健康管理用アプリでは、治療は行われません。治療をするということは、その治療の有効性が医学的エビデンスによって証明されており、日本であればPMDA※によって承認されていることが基本となります。このような医学的エビデンスがあるアプリを使って治療を行うものがDTxとなります。

※ PMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構):医薬品、医療機器や再生医療等製品に関する承認審査、安全対策、健康被害救済の役割を担う公的機関

DTxの対象となる疾患は、糖尿病、鬱病、喘息といった慢性疾患が中心となります。糖尿病であれば生活習慣の改善、喘息であれば症状のコントロールなど、患者さんが日々取り組むべきことがある疾患が主に対象となります。

当初、医療のデジタル化は、診療で行っている全て―決められた時間に、病院で、医師と対面して行われる全て―これをデジタル化すれば良いという認識でした。しかし、デジタル技術で様々なことができるようになるにつれて、認識が変わっていきました。
患者さんは、病院で診察を受けているときだけ病気に向き合っているのではありません。日常生活の中で365日24時間、患者さんは常に病気と向き合っています。患者さんがずっと病気と向き合うならば、常に何らかの支援や治療をデジタル技術で提供できるようにすることが望ましく、そこにDTxの真の意義や本質的な価値があるのではないか?という考え方に変わってきました。

人にとって一番大事なことは、病気と向き合うことではなく、幸せな日常生活を送ることです。でも、幸せな生活を送るためにはやらなければいけないことがあります。子供のケースで例を挙げると、楽しい夏休みを過ごしたいけど、宿題もやらなくちゃいけない、というようなことです。やるべきことを、自分のために、自分でやらなければいけない、そして、自分でやることで少しずつ力を蓄え、対処すべきことに対する乗り越え方を身につけていく、こういったステップバイステップな取り組みを支援することにDTxは適していると思います。

病院で、対面で医療従事者が行うとなると、人手やコストなどの関係で限定的なものとなります。しかし、安全性や効果が確認されたDTxで自動対応ができれば、人手やコストの制約を受けずに、取り組みに幅が出て、手段が増えていくのではないでしょうか。この点が、変化の大きな起点になっていくと思います。

デジタル技術やスマートフォンなどの発想は、Apple、Microsoft、Googleといった海外の巨大IT企業などから出てきているので、おのずと日本は後を追っている状況となります。特にアメリカは、多様な価値観が共存した国で、技術の進歩が早く、新しい技術に対する受容性も高いことから、DTxの活用は、とても進んでいます。そして、色々なことに果敢に挑戦し、ダメならすぐ軌道修正をかけるアメリカのスピーディーで柔軟な姿勢は、日本と比較にならないほど突出している印象を持っています。ただ、良くも悪くも非常にダイバーシティが大きいため、最先端のデバイスやアプリを使いながら治療する人もいれば、全く医療を受けない人もいます。ですので、アメリカの医療全体を見た時に評価は分かれるかもしれません。

日本では、近年、デジタルヘルス分野にさまざまな企業の参入が見られるようになりました。これまで医療分野は、医療を提供する立場としては、医療従事者以外の人にとっては未知の領域で、参入しにくかったのではないかと想像します。ですが、デジタル技術は医療以外の領域で開発が進み、その技術を医療に応用する流れが出てきたことで、医療従事者以外の人が様々な発想を持ち込んでくださっている状況と捉えています。また、かつては健康アプリの延長でDTxが開発できるのでは?といった雰囲気があったように思います。しかし、最近はどのような要素に注目するかを真剣に吟味していかねばならないことが認識され始め、そういった認識が企業にも広がっています。そして、民間企業がDTx領域に参入することで議論も活発化し、総花的だったものが、今、集約し始めているように思います。

デジタル技術の進化で変わる生きる手段と病気との向き合い方

デジタル化は、医療に限らず、生活のあらゆる場面に影響し、「生きていくこと」に変化をもたらします。その中で、病気の付き合い方も変わっていくと思います。

かつての医療は、医療従事者などの専門職の人が患者に対して提供するものであり、患者さんは、言われたことを受け入れ、従うという「パターナリズム」で成り立っていました。
しかし、最近、「患者中心の医療」の概念が広まり、患者を中心に複数の医療従事者が連携し「チーム医療」を提供するといった考え方が出てきました。ただ、それでも、相談したり話を聞いたりするには、病院に行かなければならないといった場所的な制約があり、「患者中心の医療」においても、健康に関わる情報が共有しづらい状況といえます。
これが、デジタル化によって、例えば、患者さん自身がスマートフォンなどで健康に関する様々なデータを持ち歩き、ある程度、健康情報を自己管理できるようになれば、データを持って自分から相談しにいくことは非常に楽になりますよね。データを持って、医者だけでなく、状況が似た人に話を聞くこともできます。このように、データを自己管理することで、医療の主導権が医療従事者中心というものから、本当の意味で患者さん中心になりつつあると感じます。一方で、患者さんの責任も大きくなります。これまでは、医療従事者にお任せするしかなかったものが、「あなたの考え方次第で治療や選択肢も変わってきますよ」、「あなたがどれだけ一生懸命頑張るかで変わりますよ」といったものになれば、自ずと患者さんの責任が増える部分もあると思います。

そして、デジタルツールをうまく利用してちょっと調べれば様々なノウハウや知恵を手に入れることができるのが現代です。もちろん、取捨選択が個人に委ねられており、このようにあらゆる情報にアクセスできる状況が100%良いというわけではないかもしれませんが、デジタル化には、現状、様々な側面があると思います。

まず、デジタル技術が進歩することで、患者さんが、無理なく負担なく病気と共存するための支援が可能になると考えています。
人は生きている限り何らかの病気になる可能性があります。しかし、病気になったからと言って日常を放棄するわけにはいきません。生きている限り日常生活がともないます。多くの人は、病気になった時、対応すべきことに対して、できるだけ負担なく対応できる環境を整えたいと考えると思います。そういった場面で、デジタル技術が活用されていくと思います。

そして、医療を受ける側の人の考え方もデジタル技術の進歩や普及に大きく影響を受けて変わっていくと思います。昔は、ある程度年齢を重ねたら仕方ないとされていた腰や膝の痛みが、フレイル予防などの啓発によって避けられるとなれば、早めの取り組みがフォーカスされるようになります。そうなると、医療を受ける側の人の意識は、日常生活でできることがあれば「やってみようかな」と思うようになるかもしれません。

糖尿病治療の限界への挑戦

私は、長らく糖尿病の専門医をしていて、患者さんから治療に対するモチベーション維持が難しいという話をよく聞いていました。「運動しなきゃいけないと思うから少し歩くのだけど、でも、なかなか毎日続かないんだよね」と、患者さんから聞く度に、確かにそうだなと思いながらも、診療で「頑張って続けましょうね」と言うことしかできない、この状況に大きな限界を感じていました。

私も同じ立場に身を置いて想像してみると、「孤軍奮闘しろ」、「一人で頑張れ」と言われているようなもので、一人で頑張るのは難しいだろうと思うのです。たとえば、自分が中高生だったころを思い返すと、一人で黙々と勉強していたか?できていたか?というと決してそうではなく、できのいい同級生がすごく勉強を頑張っているという話や、自分がサボっていた時に一生懸命頑張った人がいい成績をとったという話を聞くなど、さまざまな刺激があって初めて、自分も頑張ろうと思うことができて、目標を達成できたことが経験としてあるわけです。

糖尿病の患者さんの自己管理や治療についても、この経験と非常に似たような側面があり、モチベーション維持が難しい点については、本当にその通りだと思うのです。それなのに「いや、それでも頑張りましょうよ」と言う、自分の言葉が非常に空虚に感じられるのです。無理だとわかっているのに、何か言わなければならない立場にいるので言うのですが、それはなんだかすごく違和感があるなと、常々感じていました。

そうこうしているうちに、世の中の技術が進歩し、2010年頃から単純な内容ではありましたが、糖尿病患者さんのためのアプリ開発に取り組み始めました。当時はスマホのBluetooth通信も限られており、本当に使いづらいモノだったのですが、患者さんに使ってもらったところ喜んでいただけたので、これが大きなモチベーションになりましたし、ポテンシャルを感じました。これが、研究のスタートです。現在は、当時のコンセプトにいかに遊び心を加えて発展させられるかが一つの目標になっています。

「運動療法補助システム」は、患者さんとのコミュニケーションを通して、歩数を増やしていくアプリです。患者さんの状況に合わせて歩数の目標を設定し、その目標をクリアできるよう、少しずつ頑張ってもらうことをコンセプトにしています。このコンセプトが特徴的で新しく、治験の前段階のPOC※で効果を示すことができている点が強みです。
仕組みも非常にわかりやすいものとなっており、歩数、目標設定が少しずつ増えていき、病気にも良い効果が表れると、患者さんもやる気になれますよね。頑張れたら、少しだけ目標を上げて、またちょっとだけ頑張ってみる、このように無理なく目標を上げていくことが、患者さんのやる気スイッチを押してくれていると思います。

※ POC(Proof of Concept):概念実証。新しいアイデアや手法などの実現可能性を確認する検証プロセス。

患者さんにとって、もっと親しみやすく、使いやすいアプリにするために、さらなる工夫をしたいと思います。現在、開発中の「運動療法補助システム」は、糖尿病における良好な血糖コントロールのために運動時間を確保する上で、歩数に注目しています。これが非常にわかりやすく、患者さんにもしっくりくる内容となったのですが、歩数以外の様々な要素に応用していくことが望まれているのではないかと思っています。

全ての患者さんに歓迎されるたった一つの要素というものは存在しないと思います。ある患者さんは「食事の面で頑張りたい」というように、患者さんそれぞれに頑張れるポイントは異なると思います。アプリの開発において、とても大事にしているのは、患者さんのニーズはどこにあるのか、そして、そのニーズを満たすためにどの要素に着目し、治療ツールとして提供するまでにどう磨き上げていくか、ということです。そうやって完成した特徴のあるアプリを、それを求めている患者さん達に使用してもらうことで、望まれる効果が発揮されると思うのです。全ての糖尿病患者さん達が同じものを求めているわけではありませんから、ニーズに応じてアプリも変えていく必要があります。
また、技術は常に進歩します。その中で、開発する側は目的に合わせていかに使いこなしていくか、そして、今ある技術を使えば「どこまで」、「何が」できるのか見定めていくことがこの分野に求められると思います。そこには、センスが必要になるかもしれません。また、色々な技術を組み合わせたり、異分野の技術や事例を転用したりすることで不可能が可能になるかもしれません。ですから、より広い視野を持って世の中を見ていくことがとても大事になると思います。

治療の観点からは、真剣に吟味された色々な種類のアプリが出てくることが望ましいと思っています。多くの良い競争相手に恵まれることは自分にとって、発展や成長の機会となりますし、この分野が活性化することで、開発品の飛躍にもつながるからです。

DTxの進化の先にあるウェルビーイングな社会とは?

DTxは、医療における柔軟な対応やサービスの「Diversity & Inclusion」を実現することになると思います。DTxが叶えるウェルビーイングな社会は、世の中が求める多様性でもあり、これまでのパターナリズムな医療から、時代のニーズに合う形で、患者中心の医療となり、医療従事者だけでなく、患者さん側にも一定の責任が出てくるというところに大きな価値の転換があり、これこそが、DTxの特徴だと思います。ただ、その価値が良いものかどうかは、現時点ではわかりません。やはり患者さんに責任を持たせる場合、患者さん自身が成熟した大人として負うべきリスクを認識した上で責任を持つことになりますが、もし、そこまで成熟されていない場合は、あるいはこちらの対応が十分でない場合には、突き放されたと冷たく感じる部分が出てくるかもしれません。DTxがもたらす変化は、何年か経った後に、初めて分析できるものであり、今、この真っ只中で価値を決めるのは難しいと思っています。

ちょっと話が飛びますが、今、先進国の中で女性の社会進出がどれくらいか、日本企業の女性管理職はどれくらいか、ということが議論されています。その状況において、自ずと日本の状況が気になるわけですが、一番難しいのは、見たことがない世界、経験したことがない世界に一歩一歩踏み出して行くことは、いつも、非常に勇気がいるということです。これは、どの分野でも言いえることですが、先行するロールモデルが無い状況では、「こういう価値があるはずだ」と強く信じて前に踏み出すか、それとも、周りの様子を見るのか、どちらかになります。もちろん、慎重さが否定されるものでもありません。DTxが実現する社会についても同じことが言えると思います

新たな技術によって選択肢が増えれば、そこには必ず長所と短所が伴います。その中で、自分が選択しなければいけない時は、誰かに決められたり指示されたりするのではなく、自分が何を信じて、何を目指すのか、それを軸に判断することになると思います。
患者の立場では、自分が医療で求めるものが何なのか、それがDTxによってある程度満たされたかどうかによってDTxの価値が決まると思います。立場によっても感じる価値は様々だと思います。これは、DTxだけではなく、何らかの新しい概念には常についてくるものであり、新しい概念が出てきた時に、みんなで一生懸命考えて評価していくものではないかと思っています。そのプロセスに本当の価値があるのだと思います。