漢方薬の基本と西洋医学の違い――歴史が支える個別化医療

2024.06.17

漢方薬は病院で処方されたり、セルフケアとして薬局で購入することができる身近な存在ですが、漢方薬の考え方や正しい服用方法をご存じでしょうか? 今回は、和漢医薬学の第一線でご研究されている柴原先生をお迎えし、漢方薬の基本から教えていただきました。
治療としてはもちろん、未病・予防段階のアプローチとしても注目されている漢方薬の可能性に迫ります。

柴原 直利 教授

日本漢方医学教育振興財団 理事
富山大学和漢医薬学総合研究所 和漢医薬教育研修センター

1986年に富山医科薬科大学和漢診療学教室に入局。2001年、同大学和漢薬研究所漢方診断学部門の客員教授を経て、2010年4月より現職。漢方医学的病態・臨床所見の客観化に関する研究や、漢方随証治療による不眠症の改善効果に関する研究など、和漢医薬学の第一線で活躍。

漢方薬とは?

漢方薬とは、日本の伝統医学である漢方医学で用いられる薬のことです。漢方医学の源流となる中国医学が日本に伝わったのは約5〜6世紀頃といわれています。ただ、これは文献に残っている記録から推定されたものですので、実際にはそのずっと前から何らかの薬はもたらされていたと考えるのが自然かもしれません。

中国からもたらされた薬は、中国医学をベースとしながらも、日本の風土や気候、日本人の体質に合わせて発展していきました。特に江戸時代には、鎖国により中国の影響が薄まったことで、日本独自の伝統医学として発展しました。1700年後半、日本に伝来した西洋医学を「蘭学」と呼ぶようになり、これと区別するために日本の伝統医学を「漢方」と表すようになりました。

今日、海外から個人的に輸入した生薬でひどい副作用が起きた、という報道があると、「だから漢方薬は」といわれることがあります。しかし、これは漢方薬の本来の定義からすると「漢方薬」ではない可能性もあり、このような事例からも、正しい理解が十分に浸透していないのが現状です。

漢方薬の原料となるのは、植物や動物、鉱物などの天然物です。これらから不要な部分を取り除き、乾燥させるなど加工した「生薬」を2種類以上、一定の比率で配合したものが漢方薬です。西洋薬が一つの成分からできている一方で、多成分を含んでいることが漢方薬の大きな特徴です。

漢方薬には、煎剤・散剤・丸剤・貼付剤・塗布剤と多様な形態がありますが、近年では生薬を煎じて服用する煎薬よりも、エキスを抽出して製剤化したエキス製剤がよく使われています。
また、漢方薬の種類は煎薬を含めるとおよそ300種あり、病院など医療機関で医師が処方する医療用漢方製剤は現在148種あり、医療用漢方製剤は健康保険が適応されます。

漢方の極意は心と体に向き合うこと

西洋医学から先に説明すると、西洋医学は心と身体を別物として扱う「心身二元論」を基盤としています。精神と肉体を分離し、さらに肉体を臓器や器官、あるいは細胞に細分化して、現象を実証的かつ科学的に分析することにより原因を追及する医学です。

これに対し、漢方医学では、心と身体は一体であるとする「心身一如」を基盤とし、心のありようと体の状態は互いに影響を与えあうととらえます。ここでいう「心」とは感情も含めたものであり、感情もコントロールしていくことが大切となります。
例えば、怒った後は疲れますよね。西洋医学的には「疲れ」という体の状態と、心の動きである「怒り」は別物とみなしますが、漢方医学的には、怒ることによって「肝※」が障害を受け、疲れを感じるという関係性の中でとらえます。

2つの医学の違いは治療方法にも表れます。西洋医学では統計学を重視し、すべての人間を同一とみなして正常値を求め、一定の確率で効果が認められた治療法を採用する方法をとります。診断・治療においても、ガイドラインに沿って画一的に対応する傾向にあります。
一方、漢方医学は病名ではなく、漢方医学的な病態診断に基づいて個々の体質や特徴を診て治療法を選択するため、同じ病名であっても異なる漢方薬が処方されることがあります。

「風邪には葛根湯」と考えている人も多いかもしれませんが、決して一概にいえるものではありません。風邪の初期症状で熱がある、肩が凝っている、汗はあまりかいていない――そうした症状を一つ一つ見聞きした上で、葛根湯が適切とされる場合に処方されます。こうした患者さんの体質や病気・症状、心と体の状態を「証」といい、証に随って治療する「随証治療」が漢方医学の原則となります。

※ 肝:5臓(体の機能を肝・心・脾・肺・腎の5つに分類した概念で、臓器ではない)の中の一つ。肝臓そのものではなく、気の流れを通じて感情の調節をしたり、自律神経系によって体全体の機能を正常に調節する機能などを指す。

漢方薬の「エビデンス」をどう捉えるか?

まず、日本の医師国家試験は西洋医学に基づいて行われるため、漢方医学の知識は不要です。文部科学省のカリキュラムには漢方医学が含まれていますが、十分な時間をかけて教えられていないのが現状ではないかと推察します。

本来、漢方薬は漢方医学的診断法に基づいて処方されるものですが、医療現場における第一選択薬は西洋薬であることがほとんどです。専門領域のガイドラインに沿って治療を進める中で、薬物治療を一通り実施しても症状の改善が見られない場合に使われることが多いと思います。その際、西洋医学的にある特定の病名や一つの症状に対して画一的に漢方薬を処方されているケースもあります。これを本来の随証治療としてといえるかというと疑問が残ります。

また、「漢方薬は長く飲み続けなければ効果が出ないのでは?」と思っている人も多いかもしれません。しかし、目的とする症状に対して即効性がある漢方薬もあります。例えば、ノロウィルスのような嘔吐・下痢に五苓散は即効性があります。薬を飲んでも吐いてしまう場合や、苦い薬を飲めないお子さんの場合、お湯で溶かして浣腸で処方するとよく効きます。適切な漢方薬が選択されなかったり、服用方法、タイミングを間違えると本来の効果が表れないので、このような認識が広がっているのかもしれません。

西洋医学的に考えると、漢方薬は病気の症状と処方が一対一の関係にないことから「エビデンスが不十分」と見なされている面もあると思います。不眠症を例に挙げて考えてみましょう。西洋医学では「不眠」という症状に対して睡眠薬を処方しますが、漢方医学ではなぜ眠れないのか、その原因を突き止めるところから始めます。眠れない原因として「不安」「興奮」が考えられる場合は、不安を取り除く、興奮状態を抑えるといった漢方薬を選択していくため、同じ「不眠」でもアプローチが異なります。このような千差万別の処方とその効果を臨床研究に反映させることはなかなか難しいといえます。

臨床研究に基づくエビデンスがない中、漢方薬における「根拠」はどこにあるかというと、臨床現場における積み重ねです。漢方医学は2,000年以上にわたって受け継がれてきたものであり、その積み重ねに嘘はありません。「効かないもの」はおのずと淘汰されていきますから、今日まで残り使われ続けている漢方薬は、歴史に裏打ちされた有効性と信頼性を持っていると考えています。

ただ、誰もが漢方薬を安心して正確に使用できるようにするには、その効果や安全性を明確にするEBMは不可欠です。そのため、現在は公的な研究機関や学会を中心に漢方薬の治療効果に関する様々な臨床研究や基礎研究が行われています。

※ EBM(evidence-based medicine):根拠に基づく医療。研究結果やデータだけではなく、その治療が有効で安全とする根拠、医療者の経験、患者の価値観を統合し、より良い医療を目指すもの。

漢方薬の力を味方に、自分の心身へ目を向けてみよう

「未病」は漢方医学に古くからある概念で、「まだ発症していないが、すでに歪みをきたしている状態」を指します。体の状態は健康か病気かという0か1かで捉えられるものではありません。漢方医学は、この病気に至る前段階の「歪み」の原因を突き止め、より良い状態に戻すためのアプローチができます。

例えば、西洋医学に「冷え症」という病名はありません。しかし、実際は体が冷えることで関節の痛みなどさまざまな症状が起こります。その後、リウマチと診断されれば病気とみなされリウマチの治療薬が処方されますが、具体的に診断されなければ「病気ではない」とされ、痛み止めの処方で終わってしまいます。

私は日頃から健康診断で多くの方々の健康状態と向き合っていますが、全く「歪み」のない人はごくわずかで、1万人のうち1、2人しかいないように感じます。ほとんどの人が何かしらの歪みを持っていて、それは身体的なものだけではありません。精神的なストレスも体に歪みを生じさせる原因になり得ますから、心身の状態を正常に戻していくことが病気の予防につながるのです。

前提としてまずお伝えしたいのは、薬だけで体を良い状態にしようとするではなく、運動や食事といった基本的な生活習慣を整えた上で、あくまで補助的に漢方薬を使用する、という考え方を持っていただきたいということです。

例えば、生活習慣病につながる可能性のある肥満に対して効果が期待される大柴胡湯や防風通聖散といった漢方薬はあります。ただし、それらを服用すれば肥満が解消されるというものではなく、並行して食事制限や運動療法を実践していく必要があります。

その上で、自分自身で心身の状態を捉えることも重要です。どのように心身の状態を捉えれば良いか簡単なところから紹介すると、まず意識してみてほしいのは、体が熱を持ってるのか、冷えているのかということです。

今、目の前に熱いお茶と冷たいお茶があったとしたら、どちらが飲みたいでしょうか? 熱いお茶と思う場合は体の中が冷えているため、体を温める漢方薬や食品を、反対に冷たいお茶と思う場合は、体の中の熱を冷ますものを摂る必要があることがわかります。体にとどこおっている熱などを外に排出する必要があるのか、体の不足を補っていく必要があるのかを見極めることが大切になります。

私たち医師も、漢方薬を処方する際は、患者さんの心身の状態と漢方薬のそれぞれの性質の相関に基づいて診断していますから、わかりやすいフローチャートのようなものがもっと世の中に浸透していけば、セルフケアとしてご自身の体に合ったものを選びやすくなるのではないかと考えています。

ウェルビーイングな心身の状態を保つには、喜ばしいことが多い方が良いと思いますよね。しかし、喜び「すぎ」は注意です。感情と身体は結びついていますから、「怒りすぎる」「悲しみすぎる」といったネガティブな感情に限らず、ポジティブなものであっても突出した感情は避けるべきとされています。この突出した感情も一種の「歪み」であり、元に戻ろうとする反動が体の正常な機能として起こるわけですが、それが身体に負担をかけるからです。

現代は情報過多の社会にあり、感情もどんどん強く突出してしまいがちです。このような社会では、子どもたちの健康を支える必要性はより増しているのかもしれません。例えば、子どもはテレビゲームなどで簡単に感情が突出してしまうため、上手にコントロールしていく必要があります。テレビゲームで感情が突出しすぎる子どもや不安の高い不登校の子どもには、漢方薬を活用して感情を整えたり、不安などを取り除くようなアプローチが有効ではないかと考えています。

さて、みなさんは自分が元気かどうか感じ取ることはできるでしょうか?
診察の際、私はよく患者さんに「元気ですか?」と尋ねるのですが、「ちゃんと仕事できていますよ」と返されることがしばしばあります。私が尋ねているのは「元気か、元気がないのか」であって仕事ができているか、ではないのです。
仕事ができているかどうかはまた別の判断であって、元気がなくても仕事はできる人はいますし、それ故に無理をしてしまい、体を壊してしまう人もいます。

ぜひ一度ご自身で心身に向き合ってみてください。そして、今の自分に必要なケアについて考えてみることが、普段の食事や日々の過ごし方などを含め、ご自身の心身を見つめ直すきっかけになればと思います。

漢方薬は、第一に生活習慣を整えることを前提としています。その上で、人が本来持っている生きていくための力を引き出すことができます。上手に漢方薬を活用できる人々が増えていけば、おのずとウェルネスな社会が見えてくるのではないでしょうか?