ヘルスリテラシーとは|定義や向上の鍵を中山和彦先生が解説
2023.04.05
現代社会ではインターネットや新聞、テレビなど、さまざまなメディアに健康情報があふれています。信頼できる情報をもとに判断や意思決定を行うために必要となるのが「ヘルスリテラシー」です。今回は聖路加国際大学 大学院の中山和弘教授にお話を伺い、「健康と幸せを決める力」ともいえるヘルスリテラシーについて考えていきます。
中山 和弘 教授
聖路加国際大学大学院看護学研究科 看護情報学分野 教授
専門は保健医療社会学、看護情報学。ヘルスリテラシー(健康を決める力)、意思決定支援、ヘルスコミュニケーション、ポジティブコーピング、これらを支えあうサポートネットワークやコミュニティ、ソーシャルキャピタルづくりなどを調査研究テーマとしている。
市民・患者や医療者を対象とした調査を通して、市民・患者や医療者の視点から、その生活する世界に注目し、情報に基づいた意思決定ができているかどうか、それを阻んでいるものは何か、必要な支援が受けられているか、その支援はどのようなものかを明らかにしようとしている。
ヘルスリテラシーとは
近年、ソーシャルメディア(SNSなど)が普及したことにより、誰もが日々膨大な情報に触れられるようになっています。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行下では、適切な情報も不適切な情報も同列に提示される中で、適切な情報の見分けがつかなくなるインフォデミック※が発生しました。これをきっかけに、情報の質を見極める力やインフォデミック※との向き合い方に関する議論が高まりました。その中で注目されたのが「ヘルスリテラシー」という概念です。
※ インフォデミックとは、インフォメーションとエピデミック(流行病)の混成語で、「正確な情報と虚偽や誤解を招くような情報が混在して過剰に供給されることで、人々が必要な時に信頼できる情報源や頼りになるガイダンスを見つけにくくなること」を指します*1。
COVID-19や感染症に関連したヘルスリテラシーが高い人ほどCOVID-19の予防行動がとれており*2*3、一般的なヘルスリテラシーが低い人ほど感染予防行動が特定できないなど態度や行動で差があったと報告されています*4。
ヘルスリテラシーについては各国の学者・専門家がそれぞれの視点で定義していますが、その中でも中山先生はナットビーム(Don Nutbeam)とソーレンセン(Kristine Sorensen)らの定義に着目します。
ナットビームはヘルスリテラシーを「よい健康状態を推進して維持させられるような、情報にアクセスし、理解し、利用するための個人の意欲と能力を決める認知的社会的スキル」と定義しています。彼はそれまでのヘルスリテラシーの概念にヘルスプロモーション※の視点を加え、「ヘルスリテラシーは、個人だけではなく個人が属する社会やコミュニティにも働きかけ、影響を与えるスキルである」としました。
ソーレンセンらは、ナットビームの定義を踏まえて、ヘルスリテラシーを「生活の質を向上させるため、保健医療や疾病予防、ヘルスプロモーション※に関する情報を『入手』『理解』『評価』『活用』する能力」であるとまとめており、個人と集団の意思決定プロセスに着目しています。
※ ヘルスプロモーションとは、自らの健康をコントロールし改善できるようにするプロセスを意味します。
日本人に必要なのは「意思決定」の能力
日本人は平均寿命が長く、教育レベルも高いことから、ヘルスリテラシーが高い印象を抱く人も多いのではないでしょうか。ところがヨーロッパの8カ国とアジアで行われた日本以外の6カ国の調査と比較すると、日本人のヘルスリテラシーは低く、最下位という結果だったのです*5。
出典:中山和弘著「これからのヘルスリテラシー 健康を決める力」P.129
中山教授は、ソーレンセンらのプロジェクトにおいて開発されたヨーロッパヘルスリテラシー調査質問紙を使って、日本人を対象とした「入手」「理解」「評価」「活用」の能力を調査しました。その結果、日本人は「評価」して「活用」する力、つまり意思決定の能力を向上させる必要があると指摘します。
「日本の場合、メディアの情報を評価したり、活用するか否かのプロセスを意識したりせずに、そのまま活用する傾向にあります。これは、日本において、子どもから大人になる過程で評価・意思決定のトレーニングが不足していることも大きく影響していると感じています」(中山教授)
健康情報に限らず「自分で決めることができる」ということは、自身の満足感・幸福感にもつながっていきます。また、意思決定の能力を高めるためには、周囲の人々とのコミュニケーションや寄り添う気持ちも欠かせません。
そこで中山教授は、ヘルスリテラシーを「健康と幸せを決める力」とし、さらに「信頼できる情報から選択肢とそれぞれの長所・短所を知り、自分の価値観をもとに幅広い人々とつながりながら」決めていくものであると定義しています。
ヘルスリテラシー向上の鍵:「か・ち・も・な・い」と「お・ち・た・か」
中山教授は上述の定義にそって「評価」と「活用」のポイントを分かりやすくまとめました。それが「か・ち・も・な・い」と「お・ち・た・か」です。
信頼性の高い情報選びのポイント
世界でさまざまな情報の評価基準が紹介されていますが、これらの基準には共通点も多く、5つのポイントが提案されています。中山教授は、そのためのポイントを「か・ち・も・な・い」で示しています。覚えやすいように「価値もない」というフレーズを用いたといいます。
<情報の信頼性の確認>
か:書いたのは誰か、情報発信しているのは誰か(信頼できる専門家か、所属は公的機関か)
ち:違う情報と比べたか(1つの情報だけでなく他の情報源も調べたか)
も:元ネタは何か(情報源としてエビデンスが示されているか)
な:何のための情報か(広告や商業目的ではないか)
い:いつの情報か(作成日や更新日が示してあるか)
「最近はインターネットで検索する人が増えています。情報源へのリンクが貼られている内容は、比較的信頼性が高いです。情報源があれば元ネタを誰でも確認でき、記載内容が元ネタを正しく反映しているか自分で確認することができるので安心です。一方で、情報源が確認できない記載内容は、残念ながら信頼度が落ちてしまいます」(中山教授)
意思決定のためのポイント
「あくまで目的は意思決定をすることで、その手段として情報があります。これを踏まえた意思決定までのポイントを示したのが『お・ち・た・か』です。『腹に落ちたか』といった言葉と関連して覚えてもらおうと考えました」(中山教授)
<意思決定のポイント>
お:オプション[選択肢](選べる選択肢がすべてそろっているか確認する)
ち:長所(各選択肢の長所を知る)
た:短所(各選択肢の短所を知る)
か:価値観(各選択肢の長所と短所を比較して、自分にとって何が重要かはっきりさせる)
ここで大切なことは、情報から得られた選択肢のそれぞれで長所・短所を比較するだけでなく、自分が大事にしている価値観も加味して意思決定することです。
3段階のヘルスリテラシー
先述の通り、ナットビームはヘルスリテラシーを、個人のスキルだけでなく自身が所属するコミュニティにも働きかけていく社会的スキルという観点も含めて定義しています。この観点から、ヘルスリテラシーをさらに紐解いていきましょう。
ナットビームはヘルスリテラシーを「機能的ヘルスリテラシー」「相互作用的ヘルスリテラシー」「批判的ヘルスリテラシー」の3段階に分けて考えます。
出典:中山和弘著「これからのヘルスリテラシー 健康を決める力」P4
第1段階「機能的ヘルスリテラシー」
日常生活場面で役立つ読み書きの基本的能力をもとにしたもので、健康リスクや保健医療に関連する情報を理解できる能力のことです。
第2段階「相互作用的ヘルスリテラシー」
より高度で、人とうまくかかわる能力(ソーシャルスキル)を含んだもので、日々の活動に積極的に参加して、さまざまな形のコミュニケーションによって情報を入手したり意味を理解したりして、変化する環境に対しては新しい情報を適用できる能力をもとにしたものです。サポートが得られる環境において発揮できる個人の能力であり、知識をもとに自立して行動でき、とくに得られたアドバイスをもとに行動する意欲や自信を高められる能力です。
第3段階「批判的ヘルスリテラシー」
情報を批判的に分析し、この情報を日常の出来事や状況をよりコントロールするために活用できる能力をもとにしたもので、健康を決定している社会経済的な要因について知り、社会的政治的な活動ができる能力のことです。
第1段階から第3段階のそれぞれのヘルスリテラシーの具体例を挙げると以下のようになります。
1. 健康診断で糖尿病予備群ということがわかり、かかりつけ医の説明を聞いて理解する(機能的ヘルスリテラシー)
2. その内容を家族や友人、職場などで話題にしてコミュニケーションを図り、サポートが得られる環境の中で情報をもとにうまく行動する(相互作用的ヘルスリテラシー)
3. 話したもののサポートを得られなかった場合に、自身が置かれている環境を変えようとする(批判的ヘルスリテラシー)
中山教授は、この3つの段階を経てヘルスリテラシーを向上させていくためには、医師や専門家だけではなく、個人や企業そして社会がそれぞれ役割を担うことが重要であると話します。
ヘルスリテラシーの向上には個人や企業・社会の主体的な取組みが必要
個人から集団へ。開かれたコミュニケーションでつなぐヘルスリテラシーの輪
機能的ヘルスリテラシーにおける「情報を理解できる能力」を培うには、子どもの頃から評価・意思決定のトレーニングを強化することが不可欠です。さらに、アプリやWEBで気軽に健康相談ができるサービスを活用して、医療関係者から信頼できる情報を入手できれば、自身の健康への理解を深めていくこともできるでしょう。
そして、相互に作用してヘルスリテラシーを向上させていくという段階においては、「自分の健康について気軽に話せる場が有効である」と中山教授は話します。
「日本人は話すことで人に迷惑をかけたくない、恥ずかしいと考える傾向がありますが、そうした文化を変えていくことが大切です。病気が改善した経験やそこから得た知識などをシェアすることで、日常の中で健康に関するコミュニケーションが生まれるのです」(中山教授)
中山教授は、SNSやブログといったソーシャルメディアで、自分の闘病経験や妊娠・出産の経験を発信する人がいることを例に挙げ、非常に重要な発信として評価します。
最近では、ウェアラブルデバイスでの高血圧予防や運動サポートのアプリが次々と登場するなど、健康をサポートするICTの活用事業が発達していますが、それをソーシャルな形に発展させることが鍵になると中山教授は話します。
「アプリにはソーシャル機能が付与されているものが多くあります。自分の今日の血圧を自動的にソーシャルメディアに上げてシェアする機能などがあれば、それをきっかけとしてコミュニケーションやつながりが生まれ、生活改善のモチベーションも上がるかもしれません」(中山教授)
健康に関するコミュニケーションを活性化させることで、個人的な経験を集合知として共有でき、ひいてはそれが周りの人々や社会全体のヘルスリテラシー向上につながっていきます。
集団から企業、そして社会へ。仕組みや制度がヘルスリテラシー向上の後押しに
ただし、情報の理解力や収集力を高め意思決定したとしても、実現するにあたって周囲の人々や環境が障壁になるケースもあります。もちろん、個人がその障壁を自分で変えていく能力を身につけるのも重要ですが、企業や社会全体で取り組んでいくことも重要だと中山教授は話します。
例えば、地方自治体・政府によるヘルスプロモーションや企業の健康経営が例として挙げられます。
ヘルスプロモーションとは、WHOの「健康」をすべての人に行き渡らせるための戦略です。1986年のオタワ憲章がよく知られていますが、それ以降はもちろんのこと、世界各国でさまざまなヘルスプロモーションが実施されています。その具体的な事例として、1990年代に米国のマサチューセッツ州で喫煙率を劇的に下げたヘルスプロモーションの取組みがあります。
この取組みでは、経済的な打撃を恐れ根強く禁煙反対を主張するレストランやバーに対して、保健の専門家やボランティア団体が、多くの市民が禁煙のレストランを望んでいるという調査結果を知らせるキャンペーンを実施しました。その結果、レストランやバーを担う人々を含む地域全体で禁煙に取組むことが実現し、喫煙率を大きく下げることができたのです*6。この事例における重要なポイントは、「決して喫煙者を責めない」というモットーのもと「個人の行動」ではなくレストランやコミュニティ、タバコ会社などの「環境」にアプローチしたことです。
このように、個人や企業、社会それぞれがヘルスリテラシーの向上を目指す例を挙げましたが、ここで最も重要なのは「健康のことは専門家に任せればよい、という考えを改めること」だと中山教授は強調します。各自が課題を自分事と捉え、より健康になるために全員で環境を変えていくという強い意識が必要なのです。
わがままでもいい。自分らしい意思決定の大切さ
ヘルスリテラシーを向上させるためには、意思決定の積み重ねによって良し悪しを判断し、自分らしい価値観を育んでいくことが大切であると中山教授は語ります。
また、中山教授は「周りの価値観や社会通念にあわせるばかりではなく、もっとわがままになっていい」と話します。その背景には、個人が自分のこだわりや価値観をもとに意思決定し、それを他者とシェアしたり表現したりすることが、社会全体のヘルスリテラシー向上につながっていく循環となるからです。
そして、個人が自分の価値観を持つためには、「普段から自分がどうしたいのか問うことと、意思決定のスキルを子どもの頃から身につけさせることが大切だ」と中山教授は繰り返します。
「親として重要なことは『答えを教えない』ことです。現代の親は子どもに『あれはいけない』『こうしなさい』と指示しがちです。もちろん子どもの安全や周囲に迷惑をかけないなどの配慮があって行っているのはわかります。ですが、子どもたちは日常の生活や遊びの中で、自分の意思決定や行動の結果を、時には痛い思いをしながら身をもって経験することで、似たようなことが起きた時に熟考する機会を得ることになります。それが、意思決定の基礎にもなっていくのです」(中山教授)
普段、膨大な健康情報に触れる中で、「か・ち・も・な・い」「お・ち・た・か」の切り口で評価・意思決定することを意識してみると、自分の好きなことや価値観が明確になり、自分らしく生きる幸せのヒントが見つかるかもしれません。
*1 World Health Organization. Infodemic. https://www.who.int/health-topics/infodemic#tab=tab_1(参照2023-03-08)
*2 Wong JYH, Wai AKC, Zhao S, et al. Association of individual health literacy with preventive behaviours and family well-being during COVID-19 pandemic: mediating role of family information sharing. Int J Environ Res Public Health. 2020; 17: 8838.
*3 Wang H, Cheong PL, Wu J, et al. Health literacy regarding infectious disease predicts COVID-19 preventive behaviors: a pathway analysis. Asia Pac J Public Health.2021; 33: 523–529.
*4 McCaffery K, Dodd R, Cvejic E, et al. Health literacy and disparities in COVID-19-related knowledge, attitudes,beliefs and behaviours in Australia. Public Health ResPract. 2020; 30: 30342012.
*5 Nakayama K, Osaka W, Togari T, et al. Comprehensive health literacy in Japan is lower than in Europe: a validated Japanese-language assessment of health literacy. BMC Public Health. 2015; 15: 505.
*6 中山和弘. これからのヘルスリテラシー 健康を決める力. 講談社 2022; 6
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