患者エンゲージメントを高めるアプリ開発から紐解く、 病院×デジタルの価値創造[前編]
2024.08.20
三井物産は、アジア最大級の民間病院グループであるIHH Healthcare Berhad(以下、IHH)を通じて、病院事業を推進しています。IHHは「患者中心(Patient Centric)の医療」の実現を目指す中、質とコストの透明性の高い医療の提供と患者の利便性向上を目指したデジタルトランスフォメーション(DX)を進めており、三井物産はその取り組みを支援しています。
今回は、IHHのDXプロジェクトのメンバーとして活躍した三原氏を迎え、患者向けアプリケーションの開発、DXが医療にもたらす価値についてインタビューしました。
三原 朝子 氏
三井物産
MBK Healthcare Management 出向
2005年に三井物産に入社し、食料・リテール本部、食品原料部、乳製品室に配属。2008年、ヘルスケア事業部の新設とともに異動し、新規事業検討に携わる。2010年の海外研修員を経て、ヘルスケア領域での事業投資や関係会社管理に従事する中で、2013年には日本の医師とともにシンガポールでクリニック事業会社を設立、出向を経験。2017年からは、ヘルスケアIT領域での事業開発にフォーカスする中、2020年1月から2024年4月まで、IHHのグループ本社(在シンガポール)のIT・デジタル部門に出向し、2024年5月より現職。
伸びゆくアジアのヘルスケア市場を先導するIHHグループ
三井物産が手掛ける病院事業の概要と、出資先のIHHグループについて教えてください。
当社の病院・クリニック事業を推進しているヘルスケア事業部の始動は2008年に遡ります。事業部として新規事業を検討する中で着目された一つが、伸びゆくアジアのヘルスケア市場でした。アジア各国は人口および世帯あたりの所得が増加し、それに伴い生活習慣病なども増加する一方、病院数や人口あたり病床数が圧倒的に不足していることが課題です。そうした需給ギャップをなくしていくために、当社のような民間企業の資本やリソースを活用する社会的意義は大きいという考えのもと、諸先輩方の粘り強い社内外との交渉を経て、2011年にIHHへの出資参画に至りました。2019年には追加出資を行い、当社はIHHの筆頭株主となっています。
IHHは日本を除くアジア10カ国で約80の病院を展開する民間病院グループで、年間の入院患者数は約80万人に上ります。ここまで多国に展開している病院事業者は他になく、非常に稀有な存在といえます。
出資後の三井物産の役割について教えてください。
当社は、IHHに非常勤取締役を差し入れるとともに、経営企画部や中長期的な成長ドライバーとなる注力領域に出向者を派遣しています。つまり、取締役会レベルでは非常勤取締役が経営の重要な意思決定に携わり、現場レベルでは出向者がIHHの成長戦略に沿った支援を実施しています。私の役割は後者に当たりますが、出向者は現場における中長期戦略の推進者として、内側から価値創造のための取り組みを推進しています。
市場成長は勿論のこと、当社としても特に追加出資以降、事業統合や経営基盤強化に努めた結果、2011年時点で3,500床だった病床数は2018年には約4倍の15,000床を超え、さらにEBITDA※は約4倍に増加しました。
※ EBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization):企業を評価する指標の一つで、利払い前・税引き前利益に特別損益、支払利息、減価償却費を加えて算出される利益のこと。
東南アジアにおける医療の特徴と、医療機関における患者向けサービスの動向について教えてください。
国民皆保険制度があって医療費の自己負担比率の低い日本とは異なり、東南アジアでは、医療費は原則個人が責任を持つ国が多いです。私がいたシンガポールも同様で、そのため、IHHでは、入院前に治療費の総額を予測できるAIシステムを導入しており、実際に近い金額をあらかじめ提示することで、患者さんが安心して医療を受けられるような取り組みも行っています。
また、医療レベルの高いシンガポールなどの国へ、質の高い治療を求めて周辺国から患者が訪れる、いわゆる医療ツーリズムが活発という点も日本と異なる特徴です。
さらに公立病院と民間病院の違いも特徴的です。シンガポールでは、公立病院はどちらかというとセーフティネットのような役割を果たしています。部屋の広さやベッド数、設備等によって入院費が安く設定されていたり、個人の積立貯蓄を充当できる範囲が広かったりと高額な費用を払わなくても治療を受けることができます。ただ、待ち時間が長かったり、医師を選んだりすることはできません。その点、民間病院は患者さんに対して自らの負担能力に応じた医療サービスの幅広い選択肢を提供しており、特にIHHは公立病院と比較して多少高額でも質の高い医療を迅速に受けたい、特定の医師に診て貰いたい、設備のよいところに入院したい等というニーズがある層に支持されています。
後編では、三原さんがどのようにIHHにおいてDXプロジェクトを推進したのかなどを紹介します。後編はこちらをご覧ください。